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第3回「オーディオ・ビジュアル」編 1/2

「まめ知識」へ、ようこそ!

映像や音楽を楽しむことができる電気製品を「オーディオ・ビジュアル機器(AV機器)」ということは、知っていますよね。

とても身近なものですが、この50年間で次々に変化してきました。

では、むかしはどんなふうだったのかな?さっそく、見ていきましょう。

もっといい音やきれいな映像を楽しみたい! だからこんなに進化してきました!

テレビのある家へ、みんなで見せてもらいに行った!

テレビの本放送が日本で始まったのは、1953(昭和28)年。もう60年以上も前のことなんですね。当初はテレビが高価で台数も少なかったため、駅やデパート、繁華街などに置かれた街頭テレビに人々が群がって画面を見つめました。
また、近所でテレビのある家に見せてもらいに行ったほどです。もちろん白黒テレビで、スイッチを入れてから数分たち、内部の真空管などが温まってからようやく画面が映るという、今から考えるとノンビリしたものでした。


それが、1959(昭和34)年の皇太子殿下(現在の天皇陛下)ご成婚や1964(昭和39)年の東京オリンピックをきっかけに、テレビの普及率が急速にアップ。多くの家庭が、国立競技場で行われたオリンピックの開会式を、買ったばかりのテレビで見ました。

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1960(昭和35)年に発売された、日本で初めて市販された量産型カラーテレビ受像機。約10年のカラーテレビ研究を重ねて開発されました。(写真:東芝未来科学館提供)

テレビには次々と改良や新機能が加えられていき、カラー放送も始まりました。いまでは当たり前のリモコンも、最初は有線式、つまりテレビ本体とコードでつながったタイプ。その後、超音波や赤外線などを使った無線式のリモコンが登場したのです。さらに、ポータブルテレビやテレビとラジオの一体型のもの、テレビとビデオデッキが一体のテレビデオ、大画面のリアプロジェクションテレビも発売されました。


やがて衛星放送が始まると、家々の屋根やマンションのベランダにパラボラアンテナを見かけるようになりました。大画面化・高画質化もいっそう進み、薄型の液晶テレビやプラズマテレビの登場には誰もが驚きました。「夢の壁掛けテレビ」と呼ばれたことを覚えている人もいるのではないでしょうか。携帯電話でワンセグ放送が楽しめるようになり、アナログ放送から地上デジタル放送へ移行してテレビがインターネットとつながり、といったように、その変化や進歩は現在も止まるところを知らないかのようです。さて、この先テレビはどのような進歩を見せてくれるでしょうか。


むかしは電源がいらないラジオがあった?!

ラジオといえば、いまはポケットに入る小型のものをはじめ、さまざまなタイプがありますが、トランジスタラジオが普及する1960年代までは大型の真空管ラジオが主流でした。では、その前は?


実は、鉱石ラジオというものがあったのです。これは音が非常に小さく、レシーバー(クリスタルイヤホン)で聞くものでしたが、なんと電源が不要だったのです! コンセントにつながなくても音声が聞こえるなんて、不思議だと思いませんか。鉱石ラジオは構造が比較的シンプルで手作りも容易なため、いまでも工作キットとして人気があります。科学技術館のミュージアムショップでも手に入れることができますよ。

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1957(昭和32)年当時のラジオ。大型のスピーカーを持ち、日本だけでなく海外の短波放送も聞くことができました。(写真:東芝未来科学館提供)

また、ラジオ放送にはAM放送やFM放送など比較的近距離エリアを対象とする放送の他に、国際放送と広域国内放送をする短波放送があります。短波放送を聞くにはそれが受信できるラジオが必要です。


短波は上空の大気(電離層)で反射して遠くまで届くため、条件がよければほぼ世界中の放送を日本で受信することができます。世界各地に日本語による国際放送をしている短波放送局があり、逆に日本からも世界に向けてさまざまな言語でラジオ放送をしています。
日本では、1970年代に世界各地の放送を聴取して楽しむという趣味が流行したことがあり、そのためにいろいろな周波数のラジオ放送を受信できるラジオが大人気でした。中には、放送を聞くだけではなく、局に受信報告書を送ることで発行されるベリカード(受信確認証)をコレクションする人たちもいて、いまでも愛好家は多いようです。最近では、自然災害などをきっかけにラジオ放送の有用性が見直されてきています。